祈りの集い…「わたしを愛しているか」
今日は午後から、月1の祈りの集いの日でした。なんと
今回参加者は私一人だけだったんですよ
修道院の院長さんであるシスターとマンツーマンでした
今日はシスターの説明やたとえ話が入りくんでたり長かったりしたので書ききれないんですが…訳のわからない文章だったらごめんなさい![]()
今日の聖書の箇所は、ヨハネによる福音書21章15~19章の「イエスとペトロ」というところです。イエスの昇天の前にイエス様はペトロと会話する。それは、イエス様がもういなくなるからペトロにこうしなさいと使命を与える、いわば遺言のようなものだとシスターは言われました。
イエス様はペトロに「わたしを愛しているか」と聞く。ペトロは「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」と言う。そんなやりとりが三度繰り返される。
普通、私たちが誰かに向かって「わたしを愛している?」と聞くのは、誰に対してどんなときだろうかと、シスターは私に問われました。(今日は一人なので質問は一点集中
)
どうでもいい人には聞きませんよね、そんな質問。たいてい愛している人に聞く質問ですよね?そして、どういうときに聞く質問かという問いに対して、私は最初不安な時かな?と思ったのですが、シスターはこうおっしゃいました。
例えば、子どもがお母さんに「ぼくのこと好き?」って聞く場合…それはお母さんが自分のことを好きだとわかってるから聞くのだと。そりゃそうだ
子どもはお母さんが自分のこと好きってわかってる。信じてる![]()
イエス様はペトロが自分のことを愛していることも、自分を裏切った事もわかってて聞いたのだ。そして「羊の世話をしなさい」とペトロに言った。「わたしに従いなさい」と。
私は、イエス様に「わたしを愛しているか」と聞かれたら困るだろうと思いました。自信を持って答えられず、もしかしたら下を向いて答えられないだろうと思ったのです。それで、黙想の時に、シスターの助言に従って、「深い信仰をください」と何度も何度も祈りました。それから『わたしはイエス様を愛しているか』ということについて何度も考えました。
お御堂を出る時、なぜかウルウル
泣きそうになってしまいました。なんででしょう?本当に私はより深い、素直な信仰に憧れます。欲しいです。でも、シスターは完全な信仰なんてないとおっしゃいました。完全にわかるわけはないんですよね![]()
私は、ずっと前からわかってるんです、イエス様が私を愛してくださってること
私が苦しい時![]()
、イエス様が何度も私に「愛してるよ」とおっしゃってくださったのに、私はまだ…心からイエス様を愛してると言えない…![]()
イエス様、私に深い信仰をください![]()
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コメント
ぱっぱさん、こんばんは!
今日のぱっぱさんのブログ、ぱっぱさんの言いたいことがとてもよく判る気がします。
>私はまだ…心からイエス様を愛してると言えない…
信仰薄い私も、実はよくわかりません。
私はイエズスさまに繋がっていようと、がむしゃらにしがみついているんです。
今日のシスターとの祈りの集いは大きなお恵みになりましたね!
投稿 エリザベス | 2008年5月10日 (土) 午後 10時43分
>エリザベスさん
ご訪問&コメントありがとうございます。
祈りの集いは翌日の聖霊降臨のミサにずばり関連する事柄だったので、ありがたかったです。本当に大きなお恵みをいただきました。
これから祈っていって、信仰を求めていきたいなと思います。
投稿 ぱっぱ | 2008年5月12日 (月) 午前 10時40分